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東地中海の冒険

 東地中海、冒険家にとって考古学の宝庫。

 当初、3国でスタートした初期の頃、もっとも大航海時代らしいクエストであるはずの考古学クエスト、これがロンドンではほとんどといっていいほど、少なかった。本拠地がリスボン、セビリアだと、まだ多かったかもしれないが。それだけに、ローマ、ギリシャ、エジプトという、考古学の夢の舞台へ到達した時、提示されるクエストは感動ものだった。

 だが、ここはこれまでのように、余所見しつつ航海できない場所。海賊がいつ襲ってくるかわからない危険地帯。まさに冒険の海だった。

 私が初めて海賊に襲われたのも東地中海だったし、その後もここで次から次へと襲撃された。アテネ前は狭いため、ここで敵艦を先に見つけても、なかなか逃亡するのも難しい。特にナイル川の入り口あたりで待ち伏せされていたなら、ほぼ交戦されることは必須であった。

 そこが、この拡張パックによって、安全海域になる。

 私がもっとも東地中海にいた頃、海賊は名前に色もついていなかったし、青ゾーンという安全地帯もなかった。誰が海賊なのか、航海中はそれすらわからなかったため、ガレー系の船は全部警戒対象だった。

 海賊も艦隊を組んでいることはほとんどなく、ソロで襲撃していた。当時のことだから船もバーバリアンガレーやアラガレで、重ガレーやラ・レアルすら少なかった。当然、ガレアスはPCは乗れない船であったし、高R造船師もいなかっので、店売りがほとんどだったと思う。彼らの白兵スキルも当然それなりだったのではないたろうか。

 確かに現在なら、ガレアス、戦列艦があたり前、材質も鉄、-18容量も珍しくはない。乗っているプレイヤーも副官を含め、剣術、漕船のプロフェッショナルもいる。私が東地中海にフリュートやキャラックで始めて行った時、今の完成された海賊がいたら逃げることすらままならないだろう。(アラガレでも相当な脅威であった)

 それと当時は多くの人が集まったため、狩られる人は不運ではあるものの、決して全体から見れば少なかった。現在、東地中海では20人から30人ぐらいがピーク時の人数。これだと、海賊に狙われる機会も多い。当時はスルタン艦隊だけで毎日4つぐらいはいたかと思う。

 今回の改変から東地中海が賑やかになるのか、それはそうなってからだと思うのだが、あの何とも言えない緊張感がなくなるのは寂しく思う。こうなるのには、上にあげたような理由があるのだが、あの場所が単なる観光地になってしまう気がするのだ。

 はじめて危険海域に足を運んだマディラ沖、この時の緊張感は今思うとなつかしい。ここが安全海域になった時、やはり今回と同じように思った。たぶん東地中海が安全になって、それが当然となるんだろう。だが、自分の中で、そこでビクビクしながら航海したことは、今の自分の貴重な糧になっているはずだ。

 東地中海の安全化まであと一ヶ月と少し。
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テーマ : 大航海時代Online - ジャンル : オンラインゲーム
この記事へのコメント
No Subject
1万ヒットおめでとおおおお。
めけ | URL | 2006/07/17/Mon 01:02 [EDIT]
No Subject
めけさん
 ありがとう~。これもすべてめけけ師匠のおかげであります。これからもネタをどんどん、ください!!
ヨツヤ | URL | 2006/07/17/Mon 19:50 [EDIT]
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